2019年6月26日水曜日

「ウワサの限界集落!5人組お母さん大活躍」

昨日(6月25日)、テレビ朝日のスーパーJチャンネルの火曜企画「ウワサの限界集落」で、村おこしの好事例として宮崎県美郷町南郷上渡川(どがわ)が紹介されました。

 人口減少と高齢化が進む市街地から車で約1時間の山間の村で、全国から注目される町おこしが始まっています。町を出て戻ってきた若者、県外から村での生活にあこがれて移住した青年、そして地元の食材を活用して一人ぐらしの高齢者のお弁当をつくるお母さんたち。

 こうした人々を中心に、地域活性化に取り組む様子を伝えていました。特に印象的だったのが、5人組のおかあさんたち「どがわまんま」。似顔絵入りのお揃いのエプロンを作り、生き生きとお弁当を作り、高齢の一人暮らしの人たちにお弁当を配達しています。
それがお年寄りとの会話と見守りにもなっています。さらに、「どがわまんま」で使用する食材は地元の高齢者から仕入れることで、食材を生産している高齢者の生きがいにもなっています。単に、お弁当を提供するだけでなく、地域のネットワークが形成され、経済も循環しています。

 たくさんの村おこし、町おこしがありますが、それを持続可能なものとするためには、地域のニーズに適合し、地域の特徴を生かし、地域のネットワークを生かした事業が必要なのだと改めて思いました。

 村おこし、町おこしには、「よそ者」、「若者」、「馬鹿者」が必要だとよく言われますが、それは、地域の良さを地元の人が気づかないことから、そうした意識を破り改革するために必要なものを指摘しているのだと思います。

 そうして視点も必要ですが、地元の人が地元のニーズを見つめ、自らの力で解決策や改善策を考えることで、村おこし、町おこしのヒントが見つかり、様々な取り組みが可能になるのかもしれないと思いました。

 そうはいっても、人口減少、高齢化の流れを止めることは極めて困難であると思いますが、そうしたことから生じる地域の衰退を自責の問題としてとらえ、取り組むことでその流れを少しでも抑え、地域の人々の生きがいを持続させることができるのではないでしょうか。

がんばれ!「どがわまんま」







≪宮崎県 美郷町 渡川地区≫
◆こんにちや
住所:宮崎県東臼杵郡美郷町南郷上渡川24
TEL:0982-60-1474

≪アンテナショップ≫
◆若草hutte & co-ba miyazaki
住所:宮崎県宮崎市橘通東3-5-33 鈴木ビル
TEL:0985-41-5359
URL:https://www.facebook.com/wakakusahutte/

◆菅原昆虫店
URL:https://www.facebook.com/菅原昆虫店-224385541374758/








2019年6月18日火曜日

ヤブカンゾウの開花が近づいています!

今年もヤブカンゾウ(忘れ草)の季節がやってきました。
見沼田んぼでは、地元の人たちがヤブカンゾウの保護、育成に努めておられます。
きのう保護区域を訪ねてみると蕾が大きくなっていました。
もう開花直前の花もありました。


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広義にはワスレグサ属(別名キスゲ属、ヘメロカリス属)のことを指し、その場合は、ニッコウキスゲなどゼンテイカもユウスゲもワスレグサに含まれる。また長崎の男女群島に自生するトウカンゾウなどもワスレグサと呼ばれる。
ワスレグサ(忘れ草)は、花が一日限りで終わると考えられたため、英語ではDaylily、独語でもTaglilieと呼ばれる。実際には翌日または翌々日に閉花するものも多い。中国では萱草と呼ばれ、「金針」、「忘憂草」などとも呼ばれる。

和歌[編集]

和歌では、夏の季語、および悲しいこと(忘れたいこと)があった心境を表す言葉として詠まれる。
忘れ草 垣も繁みに植えたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) なお恋にけり— 『万葉集』巻十二3062
わが屋戸の軒のしだ草生ひたれど恋忘草見れどいまだ生ひなく— 『万葉集』巻十一2475



何の花でしょうか?

2019年5月31日金曜日

バラの季節!

春のバラのシーズンですね。与野公園のバラ園を見てきました。
さわやかな陽気に誘われて、わが家から自転車で与野公園まで行ってきました。
バラ祭りは、5月18日、19日に開催され、少し時期遅れではありましたが、まだまだ見ごろでした。
全国各地のバラが集められ、面白かったですよ。















2019年5月23日木曜日

初夏の見沼田んぼ。

雨上がりの見沼田んぼ。
雨に濡れた花々が咲きこぼれていました。







 ブルーベリー


 あざみ


グミの実


芝川

2019年5月20日月曜日

「坂本紀男テノールコンサート79」

坂本紀男さんの音楽会「坂本紀男テノールコンサート79」に行きました。
坂本さんは霧島昇さんのご子息で、
79歳とは思えぬ張りのある歌声を聞かせていただきました。
西条八十作詞、二木他喜雄作曲の「高原の月」、イタリアの歌曲王フランチェスコ・パオロ・トスティ作曲「Aprile四月」が良かったですね。
現在、ジャズを勉強されているとのこと。
すでに名を成されている方が新しいジャンルの勉強をされているとは、頭が下がります。
怠惰なわが身には耳の痛いお話でした。


3丁目のカレー屋さん

コンサートの前に、京橋3丁目のその名も「3丁目のカレー屋さん」で
お昼をいただきました。
落ち着いたバーのような雰囲気のおしゃれなお店で、おいしいカレーをいただきました。

 焼きチーズカレー
シーフードカレー


2019年5月19日日曜日

中山道を歩こう会!

初夏の気持ち良い風を感じつつ、熊谷駅から行田駅まで荒川の土手を歩きました。
広大な荒川を見ながら、気ままに散策。
 途中、久下の冠水橋跡がありました。沈下橋。潜水橋とも言うそうです。

行田付近で、吹上から中山道を歩いて来られた人たちと出会いました。
静岡から来られた方々で、既に東海道を踏破し、
日本橋からちゃんと歩いて中山道を完歩される予定だそうです。
これから熊谷に向かわれ、宿泊されるとのこと。成就を祈念しております。
中抜き、手抜きが当然の我々のチームとは月とすっぽんで、敬意を表します。
我々は、行田駅から送迎バスで熊谷花湯リゾートへ。
快適な温泉で疲れをいやし、おいしいビールで乾杯!

2019年5月7日火曜日

大型連休も終わりました。

改元と大型連休。お祭りが終わりました。
平成の改元の際には、お祝いのイベントはなく、ただ喪に服していました。
「平成」になかなかなじめず、書類に「平成」と書くことに戸惑っていました。
テレビ等もクラッシックが終日流れ、静かな「平成」の滑り出しだったと思います。
今回は、生前退位ということで、新天皇の即位をお祝いするムードにあふれていました。

粛然とした気持ちで迎えた「平成」の終り。
一つの時代の終わりを迎え、否応なく来し方を考えました。
振り返れば、「平成」は人生の核となる時期であったと思います。
平成最後の写真を玄関先で。



5月1日、令和の始まりは、益子陶器市。
初めて訪れましたが、規模の大きさに驚きました。
混雑を予想して行きましたが、大型連休で分散したおかげで、道路も駐車場もスムーズに。
大石窯の作品(お皿)と中鉢を購入しました。


益子名物の狸の像の前で。

5月4日、「クリムト展」と「東光展」へ。
「東光展」に出品される知人のご紹介で、東光展へ出かけました。
同じ会場、東京都美術館で「クリムト展」を開催していました。
クリムト展は、10分程度で入場できました。
65歳以上の人はシニア割引で1000円。映画も、美術展もシニアにやさしいですね。


85回記念東光展へ。
「クリムト展」の入場券があれば「東光展」は無料で入場できました(ラッキー)。
「東光展」のレベルの高さはすごいです。世の中には多才な人がたくさんいますね。




「東光会会史」より。

”光は東方より”この輝かしい夜明けを思わせる言葉から「東光会」と熊岡美彦によって命名されました。当時の沈滞する画壇に活気を呈するようになればという強いおもいがあり、昭和7年に熊岡美彦・斎藤与里・高間惣七・岡見富雄・堀田清治及び橋本八百二の6名により洋画の任意団体として設立されました。真の絵画の創造を念願し、自己完成に努力すると同時に一般美術界の向上発展に尽力するという目的からでした。熊岡美彦と斎藤与里の画風は写実と詩情との相違がありましたが、お互いの個性を生かして進み、会員同志の和を重んじ、若い人達の育成に努めました。
昭和8年2月、東京府美術館において第1回東光展を開催以来(戦争のためやむなく中止した昭和20年・21年を除いて毎年春)、平成16年4月の第70回東光展開催に至るまで、美術の向上発展のために様々な影響の中を歩んできたわけですが、一貫して創立の精神をうけ継いできました。その間、今は故人になった指導者の方々が、それぞれの個性で東光会という一大殿堂を遺してくれました。
昭和52年4月、東光会会則が制定され、初代理事長に森田茂が就任し、東光会事務所が東京都豊島区西池袋に開設されました。以後講習会・研究会等を開催し、東光会研究所として実効を上げてきました。
昭和54年には長年の希望であった法人化が実現し、社団法人東光会として歩み始めました。会員同志が切磋琢磨する場としての選抜会員展や国際交流の一貫としての海外展(アメリカ・フランス・ドイツ・中国等)を開催するなど時代に即応した新しい歩みを続け、現在の活気を呈しております。地方にも目を向けて、毎年約7都市での巡回展を開催、また現在全国に15の支部があり屡覧会・講習会・研究会等を実施し、地方の新人の育成にも力を入れてきており各地から優れた新人が生まれております。